森の絵のこと

ニュージーランドのオークランドに居た2年程の間に描けたタブローは、たったの3枚だった。それも突然決めた帰国の一月ほど前の事で、22、3の頃だ。
家に帰ると出来損ないのキャンバスから揮発したテレピンの匂いが部屋に満ちている。描こうとして描けない自分が信じられなくなってきて、毎日毎日がつらかった。
そんな夏のある日、オークランド郊外の家からほど近い森へ入った。雨上がりの後、森の中は夏の暑気で蒸し暑い。
しばらく歩き回って森の中に流れる小川に出た時、なぜだか不意にこれは描ける、と思ってはっとした。それで慌てて家に絵の道具を取りに戻ると、森の小川にとんぼ返りした。それが3枚の内の初めの1枚だった。

その絵は帰国当日、フォークでずたずたに切り裂いてごみ箱に投げ込んだ。何か次に進むには犠牲が要るのだ、と格好つけたが、後から考えると、初めに描けた絵の拙さが怖かったのかもしれない。